2011年6月15日
東日本大震災 被災者支援講習会
新潟大学 人文社会・教育科学系実践教育学系列教育学部教授(医学博士) 篠田 邦彦先生(当時)
2004年と2007年に大規模な震災を経験した新潟市では、東日本大震災の直後に市内に避難所を開設し、8,700人の避難者を受け入れました。避難生活での健康を守るため、運動指導も行政が積極的に行いました。新潟市西区の例をもとに、運動指導ボランティアの要点をご紹介します。
避難所生活にともなう不活発状態
避難所での運動指導風景避難生活における支援の流れと留意点新潟県では2004年に中越地震、2007年に中越沖地震を経験し、その際、全国から多大な支援を受け、復興することができました。この場をお借りし、あらためてお礼を申し上げます。
今度は我々がお役に立つ番だということで、新潟県はいち早く約80ヶ所の避難所を開設しました。被災後すぐに受け入れを開始し、3 月26 日時点での避難者数は約8,700人にのぼりました。避難所では、床に養生シートを敷いた上に薄い毛布を敷き、大人も子どももその上で生活します。どうしても長座、横座り、胡坐、ごろ寝姿勢で長時間過ごすことになります。これが不活発状態の原因となり、エコノミークラス症候群・生活不活発病などの健康問題を招きがちです。
そのため、できるだけ早期に予防の取り組みを始め、負の連鎖を防ぐことが必要になります。我々は、3 月18 日に新潟市西区健康福祉課より被災者支援の運動指導を依頼され、実施ししてきました。本日はその一端をご報告いたしますので、皆さまのご参考にしていただければ幸いです。
3 月18 日の指導では、避難所となっているスポーツセンターで、大人も子どもも一緒に運動していただいています。少し日がたつと避難所の空間はプライバシー確保のためにパーティションで区切られます。そうなると空間が閉ざされた環境になるので、運動に誘うためには個々に声かけをすることが必要になります。この写真(上記)は、新潟大学学生の協力を得て行った運動指導です。子どもたちには、空気を入れた大きなビニール袋で風船をつくり、広い空間で大きく身体を動かして遊んでもらいました。
4月に入り、学校に通い始めたときには、登校途中で足がすくんでしまい、結局もどってくる子もいました。学校で被災したために、校舎を見ると津波の記憶が蘇ってしまうらしいのです。
そのような日は我々の顔をみると、すぐに飛びついてきてずっとおんぶや抱っこを要求し、時間になっても我々が帰るのを嫌がりました。
避難生活における支援の流れと留意点
避難所での運動指導を実施するにあたっての流れと、実際の指導において留意した点については、図1、2(2ページ参照) に示しています。
避難所生活ではエコノミークラス症候群(深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症)の発症を予防することが極めて重要です。まずは十分な水分摂取を確保すること、そして運動療法とマッサージを行うことが有効です。ただし、すでにエコノミークラス症候群を発症している人については、運動療法もマッサージも禁忌となります。毎日必ずチェックしなくてはなりません。エコノミークラス症候群を発症しているかどうかのチェック項目は以下のとおりです。
□下肢の腫脹・疼痛の有無
□下肢表在静脈の怒張
□鼠径部の圧痛
□ふくらはぎの把握痛
□足関節の背屈でふくらはぎの疼痛
これらの所見が1 つでもあれば運動はさせず、医師に相談しなくてはなりません。なお、阪神淡路と中越の経験から、災害時のストレス反応については図3(3ページ参照)にまとめましたので、参考にしてください。
図2. 避難所でのエコノミークラス症候群・生活不活発病予防の運動指導を始めるにあたって留意した点
被災のストレスが強い腰痛を招き、動けなくなることもあるため、活動性を維持することは容易ではありません。支援に入る際には、地域や施設と情報を共有し、連携して活動することが不可欠です。
健康維持の観点から、群居状態においては感染症予防対策も非常に重要になります。インフルエンザやノロウイルスを撃退するには換気、隔離、室温と湿度の管理が決め手になります。外部からウイルスなどを持ち込まないよう支援者も注意が必要です。
被災者の生活リズムの回復と維持も大切です。そういう意味でも、イベント型の活動を行うよりも、短時間でも定時に継続的に活動を行って安定的な日常をつくるほうがよいといえます。
1日のスケジュールをルーティン化し、たとえば朝の散歩あるいは午後の体操といった、行動の力点となるようなイベントを入れるとよいでしょう。
新潟市で実際に行ったエクササイズ例
私は新潟市の健康づくり事業の委員になっています。「にいがた市民健康づくりアクションプラン」では「運動編」として指導者に次のことを呼びかけています。
①「エクササイズガイド2006」を参考にする。
② 運動・身体活動による「一次予防」、生活習慣 病予防を行う。
③ 安全で有効な運動を広く市民に普及する。
④ 科学的根拠に基づいて行う。
基本原理は「生活リズムを整える」というシンプルなもので、腹八分目、8 時間睡眠、夜8時以降ものを食べない、の「3つの“ 8 ”」の実践を提唱しています。これを実践することによって生体リズムが整い、運動と栄養の両方に効果が現れます。
また、これに合わせて「4 つの運動」(4 色の運動)を行うよう呼びかけてきました。『体力づくりガイドライン』『体力向上テキストブック』を昨年度から全県に配布しており、全県4地区(上・中・下越、佐渡)において教員対象の講習会を開いています。
今回実施したエクササイズプログラムの例では、次のような目的を掲げています。
・腰痛などの運動制限が起きないように予防する。
・生体リズムを整えて自律神経機能が正常に働く条件を整える。
・心肺機能の低下を防ぎ活動性を維持する。
・体幹背部、下肢筋群筋力を維持する。
・柔軟性を維持する。
・他者との交流を勧める。
腰痛予防には筋のコンディショニングが欠かせませんが、対象者の状況を見て、慎重に指導しましょう。
日誌を活用して身体活動量をセルフチェック
震災前に西区で一般市民を対象に行っていた健康運動指導の参加者には「元気が出る日誌― 3 つの『8』と4 色の運動」という手帳と歩数計を配布しました。体重、体脂肪率、歩数、生活習慣(運動・身体活動、食事、睡眠)を各自記録してもらいます。
活動の種類により、赤・白・青・緑のハンコをもらえる仕組みとなっており、西総合スポーツセンターなどで職員に手帳を見せれば、実施状況をもとにさまざまなアドバイスが受けられるようになっています。また、3ヶ後にはベースラインと同じ身体機能計測を行い、活動成果の評価を受け、今後のアドバイスをもらえます。
こういった取り組みと並行して、ウォーキングマップを作成して区内の全戸に配布し(2010年3 月)、ウォーキングロードの整備にも努めています。また、市民ボランティアの方々に専門的研修を受けていただき、新潟市西区運動普及推進委員として活動していただいています。このような社会的な仕組みが事前につくられていたので、この仕組みを利用して、運動普及推進委員の方々に精力的にお手伝いいただきました。委員の方々は毎日避難所に出向いて被災者の方に話しかけ、傾聴を実践しながらエコノミークラス症候群や腰痛などの予防に一役買っています。中越地震の経験を活かした市民ボランティアの活躍は、3月26日の読売新聞夕刊に「新潟 ぬくもりの避難所」として紹介されました。
新潟市西区に限らず、隣の新発田市の避難所でも、以前私が行った「健康づくりや、子ども遊びのエクササイズに関する講習」を受講された方々がボランティアで大人向けのエクササイズと子どもの遊びの指導を実施しています。
運動普及推進委員の活動では、学生スタッフ・協力学生を入れて十数名の体制でエクササイズ指導を行いました。このような活動の成果を過去のデータと比較してみると、2004年の中越地震の際は、震災後2週間時点で血栓が発見された割合は30% でした。また、2007年の新潟県中越沖地震におけるエコノミークラス症候群の兆候が認められた人の割合は16.3% でした。しかし、このたびの東日本大震災について栗原市の柴田宗一医師が行った調査では、4月下旬までに血栓が発見された方は14%、また、新潟大学医歯学総合研究科の榛沢和彦医師による、被災地13 市町村で行った調査でも症状が見つかった方は約14%(非公式)でした。
これを新潟市の4 避難所に限ってみると、症状が発見された方の割合は11.1%(非公式)でした。この結果をすべてエクササイズの実施によるものであると言い切ることは危険であり、安易に比較はできませんが、少なくとも以前のケースと同程度、あるいはやや低い発症率に抑えることに貢献できたのではないかと考えます。
災害とボランティア活動について
災害が発生すると災害救助法が適用され、災害対策本部が設置されます。必要に応じて他府県に協力要請が出され、被災者の救助、避難所の開設・運営が行われます。この段階で のボランティアには専門性が要求されます。災害発生から3日ほどの間には、消火活動・救助活動・応急手当・安否確認・避難誘導・被害状況把握・情報伝達などが行われるからです。その後、広報、医療救護、二次災害の防止、緊急輸送、重要道路の確保、食料・水・生活必需品の供給、災害弱者の生活支援などを行います。中でも医療救護・二次災害防止・災害弱者の生活支援は専門性が高いものです。
一般ボランティアが必要になるのは次の段階、災害発生から3日目以降になります。ご存知のように、避難所運営の手伝い、水くみ、物資の仕分け・運搬、炊き出し、給水活動、広報などの業務です。日を追って、屋内の片づけや引っ越しの手伝いといった作業も必要になってきます。
ボランティア活動はいろいろなかたちで行われます。専門ボランティアは主に自らのもつ専門知識や技能を活かして活動を行いますが、被災地の域内だけでなく、今回の我々のように被災地の域外でも貢献することができます。事前登録や協定によって組織化されていない活動、いわゆる駆けつけボランティアですが、本来は災害発生に備えて訓練や研修を積んで組織化し、事前に登録することが望ましいといえます。運動の場合でいえば、適切な運動プログラムなどのガイドラインを作成し、組織を超えて共通理解を有することで、支援を安全に、また効果的に行うことが可能になります。
厚生労働省では避難生活で生じる健康問題を予防するための運動・身体活動について、専門家に向けた予防ガイドラインを作成しています。これらの情報を参考に、健康運動指導士のみならず、ほかの組織において人々の健康・体力づくりなどを支援する目的でつくられたさまざまな資格の取得者同士が共有できるエクササイズプログラムをデザインできるのではないでしょうか。今後の運動指導による被災者支援活動に向けて、私からの提案を以下に述べたいと思います。
▷エビデンスに基づき、ケースに応じた運動指 導のガイドラインを協力して作り上げる。
▷運動指導者同士がこれらのガイドラインを共有し、共通理解のもとで実施する。
▷日頃からこれらのガイドラインについて定期的に研修(新しいエビデンスの追加や修正) を行い、それによって研修の機会を保障する。
▷専門ボランティアが可能な人材を組織し、データバンクとする。
▷専門ボランティアに関する情報を共有する。
▷日頃から、指導者同士はもとより異業種スタッフ(行政、メディカル、コメディカルなど)とも交流を深め、情報交換や協働作業を行う。
こういった環境が整い、各自のスキルが向上することにより、運動による被災者支援が円滑に、効果的に行われるはずです。
最後に、5月26日現在、新潟市内3 ヶ所の避難所でいまだに219名もの方が避難生活を続けておられます。避難所が閉鎖されるまでは、現在行っている支援活動は継続していきたいと思います。
以上
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