【セミナー】FIA特別セミナー 「勝ち続ける組織への模索 」株式会社星野リゾート 代表取締役社長 星野佳路氏

2013年6月19日に開催された株式会社星野リゾート 星野佳路氏によるFIA特別セミナーレポートです

2013年6月19日(水)、東京有明ベイワシントンホテルにて、FIA特別セミナーが開催された。講師はリゾート施設の再生事業ほか、そのサービスレベルの高さから国内外から多くの人を惹き付ける温泉旅館の運営を手掛ける株式会社星野リゾート(以下、星野リゾート)代表取締役社長 星野佳路氏。リピート客も多く生む星野リゾートとはどのような会社なのか。同社のユニークな取り組みについての講演内容を抜粋する。

星野氏が社長に就任したのは1991年。当時は’87年に施行されたリゾートにより、業界に次々と大手企業が参入し、競争が激化していた。そのなかで同氏は、参入する多くの企業が「開発」などには積極的な反面、地味なイメージの「運営」にはそれほど興味をもっていないことを感じていた。しかし、地味ながら運営は、その善し悪しが売り上げに大きな影響をおよぼす重要なものである。そこで星野氏は、他社との差別化も含め、社長就任早々「運営がどこよりもうまい企業になる」を会社のビジョンに決定。現在も変わらずそのビジョンに
向けて努力を続けている。
星野氏が社長に就任後、10年間は軽井沢内での案件に携わるに止まっていたが、’01年に初めて受けた軽井沢外からの再生案件を成功に導いたことが転機となり、同社には次々と依頼が舞い込むようになる。そこで問題になったのが人材不足だ。案件が増えれば当然人材が不足する。社内からは「人材がいないのに、やみくもに施設数を増やすべきではない」という意見も挙がったという。しかし星野氏は「事業を拡大する局面において、『人・金・モノ』すべてがきちんと揃っているなどということはほとんどない。欠けている要素は今あるものを工夫して乗り切ろう」と伝え、人材の能力を企業の成長速度に合わせる方針をとる。このようにして、さまざまな不足事項を工夫によって克服していった結果、ユニークな社内制度ができあがったのだという。そこで、星野氏が挙げる5つのキーワードをもとに、星野氏の成功へのビジョンと、そのような制度が生まれた背景などを紹介したい。

Keyword1. ビジョンと価値観の共有

’84~’86年にアメリカの大学院にて学んでいた星野氏。そこである教授が述べた言葉が、現在でも同氏のビジネスマインドに影響を与えているという。それは「経営者、マネージャー、チームリーダーなどが最初にすべきことは、そのチームのビジョンと価値観を明確にして、それを共有すること」というものである。そもそもビジョンとは、企業ならば「将来はこういう企業になりたい」という将来の姿を描くことである。しかし、
教授によると大半の企業のビジョンが現状と近いところにあるのだという。なぜなら、ビジョンをスタッフに伝えると、必ずといっていいほど「そんなの夢物語であって、そこまでの戦略やステップは考えているんですか?」などと批判があがるため、その度に考え直していくと、結局ビジョンが実現可能な現状にどんどん近付いてきてしまうのだという。「ビジョンの大切な役割のひとつはスタッフに夢を与えることだ。だからスタッフが『とてもすごいことで、ワクワクするね』と感じられるものならば、夢物語であってもいい」という教授のことばに同氏は深く感銘を受けたという。その後、社長に就任した同氏はこの言葉通り、既述したビジョンを掲げ、これまでにさまざまな方法でスタッフと共有するよう努めた。
フィットネスクラブの経営者にも、ここで星野氏がいうようなビジョンを抱き、それをスタッフに正々堂々と常に示し続けることが期待される。

Keyword2. コンセプトの明確化

コンセプトを明確化し、共感を得る
星野氏はアメリカで学んだ際に、ビジョンと同様に大切なものとして、コンセプトについても学んだ。コンセプトとは「誰に対して何を提供する企業であるのか」を示すものだ。サービス業では“サービス”自体が目に見えない分、コンセプトを明確化し、かつスタッフの「共感」を得ることが大事なのだという。
ビジョンや価値観と違い、コンセプトはマーケットの変化に付随して変更していく必要があり、「これ」という明確なものではない。そのため、スタッフにはコンセプトへの共感に基づいて、状況に応じて臨機応変に対応してもらう必要がある。また、コンセプトを明確にすることによって、スタッフも新しいサービスを考案しやすくなるというメリットもあるそうだ。
同社では、この「共感」度を高めるために、各店舗のコンセプトなどは、そこのスタッフ自身で決めてもらう手法をとっている。青森にある巨大温泉旅館「古牧温泉 青森屋」もそうした宿のひとつだ。コンセプトを決める前までは、スタッフが漠然と「東京のホテル=よいホテル。自分たちも東京のホテルに近づきたい」というイメージを抱いていたことによって、かえって青森のよさを消してしまっていた。そこで、きちんとした
コンセプトを立てようと決定メンバーを立候補によって募り、生まれたのが「のれそれ青森」というコンセプトだ。これには「青森文化を提供する宿になろう」という意味が含まれている。
このコンセプトに基づき、同旅館では独自で「ねぶた祭り」を毎日開催し、お客さまを楽しませている。その効果により、年間の稼働率は80%以上にもなっているそうだ。
また、’03年に再生をスタートさせたアルツ磐梯スキー場では、コンセプトに“上達保証付”を掲げるというユニークな試みを行っている。これもスタッフ自らがコンセプト決定にあたっていろいろと調査した結果、スキー場で販売されるリフト券についてある発見をしたことにより生まれた。
一般的に販売者側は「リフト券の販売=リフトにお客さまを乗せ、移動させる」ことであると考える。ところがお客さまからすると、「リフト券を購入する=技術向上のため」であることがわかったのだ。お客さまの真の目的は滑って技術を磨くことであり、そのためには上らなければならず、リフト券はおまけ的な意味であったわけだ。そこで、同社では「(お客さまのもともとのレベルに関わらず)2時間でここまでのレベルに向
上させます」と上達保証付をアピールポイントとすることにした。当然スタッフは気合いを入れて指導するが、それでも達成できなかった場合はお客さまの運動神経に関わらず、全額返金するという。
サービス業における保証については、ハーバード大学の教授が「サービス保証」という論文にて「製品や商品は保証書が付いているのに、サービス業ではなぜそれがないのか」と述べていることを星野氏は紹介し、「フィットネス業界が保証できる部分というのは、もしかしたら私たちよりも多いかもしれません。皆さまも一度“保証”について考えてみるといいでしょう」と述べていた。

成長のヒントは既存顧客のなかにある
現在多くの再生案件を手掛ける同社であるが、星野氏によると、そのほとんどが近年急激に売り上げを落としており、ピーク時の4割減というところもあるそうだ。ここで同氏は、売り上げが減少した際に企業がとるべき行動について、次のように述べた。「一般的には、落ちているセグメントなどを確認し、そのセグメントを取り戻そうと考える方が多いと思います。ところが、私は実際にそれをやってうまくいったためしがありませ
ん。実は企業の再生や売り上げ向上に大事なことは、現在残っているお客さまについて知ることなのです」。現在残っているお客さまには、残っているなりの理由があるはずだ。それを知ることによって、自分たちの意外な強みや気づいていなかった顧客のニーズを知ることができるのだという。「必ず既存顧客のなかに、次の成長へのヒントがある」(星野氏)という信念のもと、同社では手土産を用意して、お客さまに「次の
サービス向上のためにお話を訊かせてください」とお願いし、30分ほどかけてスタッフがヒアリング調査を行っているという。
この調査により、まだ伸び代があるマーケットを発見できるというメリットもある。
要するに、お客さまに訊くというシンプルな行動を、意図をもって行うことが大事ということだろう。フィットネスクラブでも特に支配人は仮説立てをするためや、立てた仮説を検証するためにそれをもっと積極的にすべきと思われる。

Keyword3.情報とプロセスの公開

星野リゾートでは、会社の“情報”および“意志決定プロセス”を公開している。同社では月に1回、ディレクターやマネージャーなどが集まっての会議を行っているが、その際に「何時からどこで、どの議題について話すか」を他スタッフにも公表し、意見がある者は自由に参加できるようにしている。このようなシステムになった経緯は、星野氏が大学卒業後に働いていた大手ホテルでの経験が元になっている。
そこでの経営者会議はいつも静まり返っていたが、一方でスタッフの休憩室ではパートやアルバイト、マネージャーなどがポジションに関係なく会社について議論していたのだという。
もちろん大方が愚痴ではあるが、なかには重要な意見もあり、同氏は「この人たちこそ経営の真の議論をしている」と感じたという。しかし、誰でも自分より偉い人に向かって意見はしづらい。そのため、現在でもお互いに伝えたいことをきちんと伝えられるようなフラットな組織文化づくりに継続して取り組んでいるという。
このとき、さらに星野氏が気づいたことがある。それは、リソース配分における経営者の考えがスタッフに伝わっていないことによって、スタッフの不満が募りやすいという実態であった。大手企業は別として、一般的に十分なリソースを蓄えている企業など少ない。どの企業の経営者も不十分なリソースをどのように配分するか頭を悩ませていることだろう。
経営者は経営者なりにきちんと考えて配分しているのだが、その考えがスタッフに伝わっていないため「なぜこの分野にこんなに配分するの?」などと批判されやすくなっていたのだ。
それを知った星野氏は、星野リゾートの経営状態を公表し、リソースの配分状況に差がつく理由についてきちんと説明するよう心がけている。「今年は○○だけはほかの企業に絶対に負けたくないので、そこに大きなリソースを投入します。その分、ほかの部門はやりたいことができないかもしれません。
それでも現状を維持してほしいと思いますが、最悪リソース不足のために他社に負けることがあってもやむを得ないという覚悟で○○に力を入れることを理解してください」と説明すれば、スタッフたちも「それでは足りない中でがんばります」と納得しやすくなるのだという。
透明化はESの向上に欠かせない。

Keyword4.醍醐味満喫

星野氏の社長就任当初の悩みのひとつは、せっかく入社してくれたのに、ビジョンに対する実際の現場との大きなギャップによって退職につながってしまうことであった。同氏は、スタッフが仕事の醍醐味を感じながら楽しく働けるようにするためにはどうすればいいのかと考え、給与をアップしてみたり、スタッフをできるだけ褒めるようにするなど試みたが、どれも大きな変化は見られなかったそうだ。最終的には、人事のコンサルティング会社に依頼し調査した結果、スタッフが一番仕事の醍醐味を感じるのはお客さまに褒められたときであることがわかった。しかし、そもそも日本人は褒めるのが苦手な国民であるから、そう簡単にはお客さまも褒めてはくれない。そこで同社が、自らお客さまに褒めていただこうと企画したのが、顧客アンケートである。文章であれば、皆で共有しやすいというメリットもある。
フィットネス業界でも顧客アンケートを行っているクラブは多いだろうが、星野氏はその注意点として次のことを挙げていた。「顧客アンケートの結果について、不満の声ばかりに注目し、『こんなサービスをしたのは誰?』などと犯人探しが始まっていませんか? さらによくあるのが『このようなお怒りの言葉をいただきました。今後はないように徹底しましょう』と、マネージャーがミーティングの席で言うことです。このようなことを毎日行っていると、スタッフのモチベーションはどんどん落ちていきます。それよりも、『褒めてくれる方がこんなにいるよ』『お客さまはこういう点に感謝しているよ』ということを伝えるようにすれば、スタッフのモチベーションが上がって、さらによいパフォーマンスをするようになるという好循環が起こってきます」。
異業種の例ではあるが、お客さまから「ありがとう」と言われた内容をスタッフがメモして収集し、運営にフィードバックしている会社があるが、こうした組織行動も「醍醐味満喫」の1つのアイデアとなろう。各社で創意工夫してみるとよいだろう。

Keyword5.キャリアコントロール

星野氏が考案した面白い制度のなかに、キャリアコントロールというものがある。この制度をつくった理由は、退職理由のなかで、「会社のビジョンと現実とのギャップ」に続き多かった「自由度がないこと」に起因する。例えば、勉強したいときに勉強する自由やキャリアを重視する自由、家庭を重視する自由などがないと、今度は現実と自分の価値観との間にギャップが生まれ、退職につながってしまうのだ。以前、「人生経験を広げるために海外青年協力隊に入りたい」という理由で退職を願い出た者がいた。そこで導入したのが「学習休職制度」である。休職中はもちろん給料は出ないが、社会保険と健康保険を会社が保障する代わりに、帰国後は再び会社に戻ってきてもらうというものである。この制度は会社、スタッフ双方にメリットがあり、とても効果を感じているという。
さらに、「出世したい自由」を与えるために、管理職への移行制度も導入した。これまで、管理職を希望するスタッフたちは、人事がたまたまその願いを叶えてくれるまでずっと待たなければならなかった。そこで同社では、「私、やりたいです」というスタッフには、「私が運営したらこんなに業績が改善しますよ」というプレゼンテーションを発表する機会を年に2回与えることにした。立候補したからといって必ずしも希望通りのポジションが与えられるわけではないが、星野氏は「新しい支配人やマネージャーを選ぶときには必ず立候補した人のなかから選びます。どんなに優秀な人でも、立候補していなければ選びません」ということを約束しているという。
さらに、この制度にはとても大きなメリットがあるそうだ。90年代、自ら人事に携わっていた星野氏は大きな悩みを抱えていた。あるポジションにスタッフを抜擢すると、周囲から「えこひいき」と言われ、抜擢しなければ「年功序列」と、何をやっても批判されてしまうのだ。さらに、抜擢すると途端に周囲がその人の欠点を挙げて足をひっぱりだすということが起きていた。しかし、この立候補制度を導入したことによって、このようなことをなくすことができたのだという。それは、プレゼンテーションを皆の前で行わせることによって、「そもそも完璧でなんの欠点もない人間などいない。欠点をもった人間のなかから選ばなければいけないのだ」ということをスタッフに知らしめることができたためである。これにより、周囲のスタッフは、その人の欠点を探して足をひっぱろうという発想から、「欠点は皆でカバーしよう」という発想に変わったのだという。
既述のようなさまざまな施策の効果もあり、現在も順調に成長を続ける星野リゾート。最後に星野氏は、「フィットネス業界で働く皆さまとは、同じサービス業としてお互いに刺激し合っていけたらと思います」と述べ、講演を終えた。会場にはフィットネスクラブを運営する各企業の経営者をはじめとする多くの方が訪れ、星野リゾートへの注目の高さが伺えた。熱心にメモをとる姿も見受けられ、分野はちがえど、たくさんの方が成長への新しいヒントを得たに違いない。

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